
日本のミッドキャップバイアウトファンドはそのディールアングルとしてどこもが、中小オーナー企業の事業承継案件について口にします。しかし口では簡単に言っても、その実現までには気の遠くなる人間関係構築プロセスが待っているもの。オーナーの思想やケミストリーフィット、そしてコントロールできないタイミングまで、様々な要素が絡み合います。そんな事業承継ディールの実態に関し、弊社参画のPEプロフェッショナルが開設します。
日本国内PEは、国内社会の少子高齢化・後継者不足問題を背景に、事業承継案件のソーシングに勤しむ。
そしてこのソーシング活動は、PE転職志望者をはじめ、業界外部の人間からみたとき、「簡単でしょそれ。だって、後継者いないんだから。」と、あたかも簡単に捉えるふしが、多分にある。
この「事業承継案件簡単説」は大間違いである。本コラムでは、事業承継案件ソーシングの成否を決する3大条件を挙げ、生身の実話をとりいれつつそれぞれ解説する。
条件その1:オーナー株主の思想
筆者の知り合いに、よくPEからアプローチされる某外食企業の創業家社長A氏がいる。彼は、PEがいかなる説得を試みようが、軒並みバイアウトの協議入りを断っている。
A氏の理由は単純明快だ。 「外部の知見やサポートは大歓迎。フィーをはらうから、コンサルではいってほしい。」である。
そして、彼はたたみかけるようにこう付け加える:「会社の所有権移転は先祖代々の遺産を現金に換えることに他ならない。これは社長とはいえ私の一存で決められるものでなく、先代のご兄弟やその奥様もご存命で、その調整をする大義がみえない。そもそも、個人的にエグジットするほどカネに困っていないし、自分ほど当社事業を理解するものがこの世にいるとは正直思えない。」
たいていのPEは、ここまでいわれてはなにも切り返せない。
他方で、筆者のもう一人の知り合いB氏は、業態こそ中堅製造業でA氏と違うが、先般、PEへの事業売却を実行した。
B氏はこう語る:「僕が社長を継いでから、ここまで事業が成長したのは、常に競合他社がやらなそうなことをやってきたから。『あそこの社長はなに考えてるのか分からん』と他社に気持ち悪そうにいわれるのを、うちは正しいことをしている証拠、誉め言葉として受け取ってきた。PEと組んで新しい成長を遂げられるなら、やらない理由はない。」
A氏とB氏の結論は天と地の差があるが、いずれの場合も間違ったことは言っていない。祖業や外部リソースに対する思想・価値感が違うだけなのである。そしてオーナー株主の思想は、PE案件ソーシングの成否をおおきく左右する。
条件その2:ケミストリーフィット
といっても、B氏は、「どのPEファンドでもよかったわけではない」という。
B氏とバイアウト交渉するため、PE数社が足げく本社工場のある地方まで通い詰めたが、最初から最後まで「馬が合った」のは1社だけだったという。
Bは言う:「うちの事業のポテンシャルについて真に確信し、口でいっていることと心で思っていることが同じと思えて、私自身にも『やるからにはBさんにも社長として今まで以上に頑張ってもらう』とハッパをかけてきてくれた。正直、男としてワクワクした」。
話はかわるが、PEの若手が、ソーシング時によく使う決め文句がある。
「当社はコンサルと違い、支配株主としてポジションをとるので(事業成長に対する)本気度が違うんです。」というセリフだ。
しかしこれは、世界中のPEファンドなら言えることで、オーナー株主からすれば「それしか言えないのか」と逆効果である。
現実世界では、オーナー株主に対等の目線でけしかけ、ワクワクさせるほどのケミストリーフィットが、しばしば他社PEとの唯一の差別化要因になる。
条件その3:タイミングフィット
ひとの「人生ビッグイベント」に立ち会える立場ほど、大きな取引を持ちかけるに有利なことはない。
教育産業は、入学、卒業、会社入社、結婚、出産など、一度取得したユーザーの生年月日や属性情報を活かし、生涯のライフイベントのタイミングに即した提案ができる立場にある。教育コンテンツで有名な学研が、ゆりかごから墓場までといわんばかりに、シニアホームの買収に走るのもこの視座があってのことに間違いない。
大東建託ふくむ、アパート建売営業でも、やはり成績のよい営業マンは常に地主の家に足を運ぶ。それこそ何年も顔見せするうちに、「お孫さんの誕生おめでとうございます。今こそ、後世代々に資産を残しませんか?」といえるタイミングが来るからだ。
PEの案件ソーシングでもこれはあてはまる。
A氏はタイミングとして、バイアウトの働きかけには最悪だった。そもそもAは続投意思が強いし、米国MBA保有する彼からすれば、ファンドやコンサルの付加価値をやや疑ってみているふしもある。それに加えてAの創業家一族にライフイベントがなく、バイアウトの調整をかけるのは、想像するだけで途方もない精神力がいる。
しかしBはちがった。創業家直系の長男で、少数株を握る複数の家族・親族も高齢を重ね、事実上引退モードだった。Bの決めたことなら従うという、環境的素地が整っていた。(余談だが、それでも、相当家族内で揉めている。Bの件に限らず、事業承継を公表してから家族や利害関係者との大裁判に発展することもある。デューデリと投資契約で、この「公表後内輪もめ」リスクをしっかり対処するのも、PEの腕の見せ所だ。)
事業承継とは感情的で、感傷的で、数字面ではすごくドライで、人間ドラマが凝縮され、プロセス全体が生々しい。去年できたであろう案件は、今年には状況がかわり無理かもしれない。逆に、今年は断られた案件も、来年ないし5年後には成就する場合もある。オーナーの思想やタイミングフィットなど、PEとして頑張りようのない要因も、事業承継バイアウトの成否を左右する。
某大手PEファンド創業者は、創業当初の想定と一番違ったところについて、筆者にこう語る:「思ったより案件がでてこなかった。」、と。
オーナー株主が会社にとって必要とおもうもの(需要)が、相手のPEファンドなら提供できる(供給)。自然に醸成される信頼関係のもと、その需給クロスオーバーが「今」起きたと感じられて、初めて契約書の話にすすむ。
これがPE事業承継バイアウトのホントなのである。