
プライベートエクイティからアプローチされる企業創業者の心理
つまるところ、プライベートエクイティが成功するには2つのスキルが必要だ。案件ソーシング力と、資金調達力である。
ではファンドサイクルの観点で、ソーシングが先か資金調達が先か、であるが、ここでの鶏と卵の順序ははっきりしていて答えは「鶏」である。ソーシング力があればリターン実績やポートフォリオ候補をショーケースでき、資金調達力もその分増す。もちろん資金調達できるだけでも凄いのだが、長期的にみると良い投資ができないとファンドはもたない。
では、良質案件の創業者(ここでは支配株主と同義と捉える)を口説き落とし、この「ファンドサイクルの鶏」を勝ち獲るシーンとはどういうものか。本コラムでは、案件ソーシングの現場でリアルに繰り広げられる心理的駆け引きにつき触れてみる。
例として、無借金のピカピカバランスシートを持ち、営業利益成長も著しく、おまけにコストカットや海外展開余地のある素晴らしい企業の創業者と出会ったとしよう。
それは大江戸温泉のような「The 日本」的な、日本のGPとしても妙味ある案件かもしれないし、RIZAPみたいにブランド力が強く、健康ブームに後押しされる楽しみな案件かもしれない。
プライベートエクイティ転職したあなたは、さっそくいろんなつてを使ってその企業の創業者や取り巻き役員らとあって、仲良くなろうとする。その際、彼らのハートは一体どうしたら掴めるのか。
やってはいけないNG行為
「私は東大出身でハーバードMBA、職歴もゴールドマンとマッキンゼーなんです。ここの食事代私が持ちますので、事業承継お考えの際にはぜひ私にご一緒させてください。当社は経営権を買い取るバイアウトファンドですから、こっちもプリンシパルとしてリスクを背負い、命がけでバリューアップしてみせます。」
上記の台詞をみて、「かっこいい!自分もこう言ってみたい」とアナタが思ったなら、あなたは間違いなく案件ソーシングに失敗する。
レッスン1:事業家によるファンドへの拒否感を知ろう
メインバンクも投資銀行もそしてVC・プライベートエクイティファンドも、すべて立派な金融の仕事だ。ただし、自動車部品を製造したり、英会話スクールをフランチャイズ展開したり日本有数のEコマースサイトを立ち上げたりする日本の事業家・創業者からすれば、金融とは「自分が死ぬ思いをして創った事業から、米国資本主義の小細工を講じてさやを抜いてくるピンハネ業者」みたいな拒否感が、あったりする。
もちろん事業家にも、一部を除き、金融に対しては何がしかでお世話になってきた不可欠の恩人、的な心情もある。だが、やはりゼロから立ち上げた事業への思い入れから、金融、とくにバイアウトファンドには複雑な気持ちがあるのである。
そんなCEOや創業者たちに、横文字の社名をもつファンドの人間から「あなたの経営権を買い取って、プリンシパルとしてバリューアップしてExitしてみせる」と凄まれたら、土足で茶の間に上がり込まれて荒らされる恐怖心を禁じ得ないものなのだ。たとえそれが会社の発展を意味していようが、である。
レッスン2:事業家にとって、会社は「我が子同様」という感性を知ろう
会社は、創業者からすれば我が子同然だ。
最初は、「こんな商品やサービスを世に出したい!」という思いを抑えきれず、みんな手探りで法人登記から資金調達、採用などをはじめる。事業が大きくなるにつれ、社員が不正を犯したり、為替レートが変動して原材料が調達できなくなって倒産危機に陥ったり、大手他社が自社ブランドと販路を活かして競業してきたり、そういう肝心な時に限って頼りにしてきた創業メンバーが事故死したりチームを引き抜いて独立したり。
ハード系の製造メーカーなら、改良しても改良してもなおらない不具合や消費者からのクレームに、身体も心も疲弊する(でも愚痴になるから社員にはいえない)毎日が続いただろう。
創業者を支える社員も、創業者のその苦労した背中をみて、思いや実現したい世界をしっかりと引き継いでいる場合が多い。それは、出産にたちあった我が子が、いじめや交通事故にあいながら留学や恋愛もし、時には親と小競り合いをしながらなんとか成人したのを見届ける気持ちと、さほど変わらない。
そんな会社に対し、プライベートエクイティの人間が「ここの食事代私が持ちますので、事業承継お考えの際にはぜひ私にご一緒させてください。」と容易く言い放ててしまう感性が、相手がいくら事業承継に悩んでいる事業家だとしても、「これは全然その低次元の話じゃないよ」と心の中でリアクションしてしまうのだ。自分が東大だのゴールドマンだの、鼻の孔を広げて延々と自己紹介に輝かしいキャリアを並べても、響きはしない。
レッスン3:真に「承継」したいものは、他にあることに気づこう
少子高齢化時代に事業承継に悩む上場・非上場会社は多数ある。そのなかにはプライベートエクイティにとって「ストライクゾーンど真ん中」の案件も、間違いなく存在する。
ただし、そこの経営陣や創業株主が聞きたいのは、「鼻持ちならないエリートによるバイアウトと目標IRRの達成」では決してないし、そう映ってしまってはいけない。
事業を後世に引き継いでいく必要があることを、彼らはそこらのプライベートエクイティファンド以上に理解している。ただ、承継したいのはほかにもある。それは、「創業来この事業が体現してきた、価値観とストーリー」である。大きい会社を創る人は誰しも、「社会はもっとこう変われる」、というビジョンや価値観に突き動かされて会社を立ち上げる。そしてその価値観とストーリーを引き継いでくれる人に事業を担ってもらいたい、という意識が非常に強い。
GPとしての魂を磨こう
だからこそ、本コラム読者のみなさんが案件ソーシングの交渉で踏み込む際、「あなたのストーリーは、私のストーリーそのものなんです。だから、私にやらせてください。」くらい相手を理解し反芻したうえで、ハートの底から言い切れるように探求してほしい。それができる理解力と魂あるGPこそが、「ファンドサイクルの鶏」を勝ち取れる。