プライベートエクイティ転職志望者がソーシングで悟るべき「事業法人」との付き合い方

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プライベートエクイティ業界に転職しただけで喜んでいては、そのキャリアに先はありません。PE業界は入るのも難しいですが、そこで活躍し、成功するのはさらに難しいからです。PEプロフェッショナルにとっての最大の付加価値は魅力的なディールソーシングですが、それには事業法人との上手い付き合い方のコツが不可欠です。ノンコア売却時なぜバリュエーションが甘くなりうるのか、外資系PEなら本社がイライラする日本の調整弁文化とは何なのか、利益だけでないウェットな側面は何なのか。以下に解説します。

あなたが今後プライベートエクイティ投資家になれたとすれば、大手事業法人(ここでは概して、東証1部上場で時価総額400億円以上の企業を指すことにする) と取引する場面が、多分にでてくる。

ファンドとして相手の子会社を買収することもあれば、逆に、保有するポートフォリオ企業の売却相手となってもらうこともある。ファンドレイズの際、LPとしてファンド出資の勧誘をすることもありえるだろう。

したがって、PE稼業に、切っても切り離せないのが大手事業法人とのつき合いだ。しかしこれら両者は、ビジネスモデルさることながら、思考回路や行動パターンも、全くといっていいほどに違う。この違いはPE投資家になるなら絶対心得るべきなので、本コラムで掘り下げて解説する。

 プライベートエクイティ転職者が心得るべき、事業会社の優先課題とは?

かいつまんでいうと、事業法人とは、特に上場しているほど、「特別利益」よりも「営業利益」をはるかに重視する不文律に縛られる。「事業会社である以上、中核事業で儲けない限り、他のなにをやっても市場に評価されない」、という強力なロジックのもと行動するのだ。

この不文律は、世間での実際の事象とも合致する。いくら特別利益や純利益ベースで記録更新しても、本業が不振で営業損失が目立てば株価が売り込まれるケースは多い。また、必要以上の現金や非中核資産をバランスシートに抱え込む企業が、アクティビスト投資家に株主還元を求められることとも整合がとれる。

 事業法人の思考回路が規定する、CVCの投資パターンと、バリュエーションが甘くなる理由とは?

MBA教科書的にいえば、「事業ポートフォリオの多様化やヘッジは株主レベルでやればいいこと。事業法人は本業に専念すべし」という話なのである。

この不文律が巻き起こす事業法人の行動変容は甚大だ。たとえば、事業法人がCVCという立場でベンチャー投資をするとき、彼らは投資時バリュエーションにつき総じて極端に「甘い」。VC投資の経験が不足しているというのもあるが、それよりも、「ベンチャー投資は、運がよければ無料でできるR&D」と考えている節が濃厚なのである。

すなわち、「どのみち本業の一環でR&D費用を使うなら、その一部をスタートアップの株として投じ、投資先の開発成果を本業に取り込もう。そして、もしIPOやM&Aで投資リターンがあがれば、タダでR&Dができたことになるので二重のうま味がある。」と考えている。ついでに株主に対しても、流行りの「オープンイノベーション」をやってる感を出せる。

これでは、投資時バリュエーション算定に甘くなるのは当然といえる。(ちなみに、CVCは独立系VCと違って追加のフォローオン投資に及び腰、という指摘もここからくる。一旦株主になれば情報は入ってくるので、CVCには、その後金銭的にダブルダウンするインセンティブはない。)

事業法人がプライベートエクイティファンドにノンコア事業を売却するときに、バリュエーションが低くなりうるパターンとは?

事業法人が、非中核事業をスピンアウトしてPEファンドに売却する場合も同様だ。ガバナンス改革の流れやアクティビスト投資家からの圧力をうけ、本業回帰・専念という政策目標を「当期」事業年度内に果たせるなら、極端な特別損失計上にならない以上、「フェアバリュー」の確保にそこまでこだわらない。

ここで間違えないでほしいのだが、事業法人には金銭感覚がない、といっているのではない。中核事業が鮮明に定義されているからこそ、政策遂行の過程で、投資先ベンチャーや売却対象事業の「フェアバリューの追求」に労力を費やすくらいなら、さっさと前にすすめて本業でそれ以上に取り返そう、という思考回路が働くのである。だからこそ、少々価格に甘くても会社法上善管注意義務違反にあたらない、という整理もされる。

大手事業法人は、事業をスピンアウトするときにはBig Corporateの顔をもち、事業を買収するときにはStrategic Investorに変化し、ファンド出資するときにはLPの帽子をかぶり、 ベンチャー投資するときにはCVCを標榜したりするが、そのすべての局面において、営業利益成長信仰が企業内憲法のような役割を果たす。つまり、ファンドとは違う生き物なのだ。

 事業法人のPE投資家と異なる思考回路は、プライベートエクイティプロフェッショナルにどのような変容を求めるか?

これは、PE投資家にとって好機を生むと同時に、PE投資家自身が果たすべき行動変容をも示唆する。なによりもまず、どういう取引で事業法人を相手にするかにより、相手側の戦略的意義を常に意識して行動・交渉すること。

たとえば非中核事業スピンアウトなら、価格ではPEに有利である以上、タイミングやプロセスでは、少々理不尽なことも呑み込み、事業法人側の社内政治と調整に極力つきあうべきだろう。

また、金融という、数字だらけでドライな世界に慣れがちな我々PEは、事業法人の従業員に対する湿っぽい感性にも、意識的に敏感にならなければ案件は成立しない。筆者は、あるカーブアウト案件の交渉中、「売却した事業でいきなりリストラがあれば、居残った中核事業の従業員の士気低下・離脱にもつながりかねない」という懸念が、相手側から伝えられたことがある。

それをうけ筆者は、対象会社の事業部がある田舎の工場まで出向き、従業員の面前で「ファンド承継後の事業成長戦略」みたいな説明会の開催を申し出、幾度となく実施したものである。

一流PE投資家になるには、事業法人の上記思考プロセスを理解し、つき合い方を体得せねばならない。されにいえば、もしあなたが外資系PEファンドなら、日本の調整文化を忌み嫌う海外本社を説得する人間力と信頼も持ち合わせねばならない。

そうしなければ、あたかも安易に新聞にかかれているような、「PEはカーブアウト案件の受け皿」たりえないのである。