
就職活動を始めると突然、世界平和や貧困国救済、そして環境問題解決の3パターンで自分自身の社会的使命を語りだす人が続出しますが、実際に環境問題を金融キャリア選択で解決できるのでしょうか?端的に申し上げますと、環境問題解決施策に投資するグリーンファンドはかなり昔から存在し、毎年のように大きくなってきています。しかし短期リターンが見込めないので、政府資金が原資になることも多いです。民間資金だけだと、ファンド期間が長くて10年なので、その間にリターンが見込めない環境問題解決にファンド資金は回りません。
投資銀行への志望動機で意外と多い、「環境問題解決」金融志望者の妄想3パターン
慶應義塾大学 商学部 MHさんの方より質問
私は将来、漠然とではありますが、環境関連の仕事をしたいと考えています。
特に新エネルギーにはとても興味があり、今後エネルギー需要が急激に伸びる可能性のあるBRICSを始めとする発展途上国において、いち早く新エネルギー発電システムを導入し、世界のCO2排出量削減に少しでも貢献する、というのが私の(今のところの)人生の目標です。
以前、とある原発のひび割れ隠蔽事件が内部告発されたのを契機に、当該原発が数基停止したため、当時受験生として毎日自習室にこもって勉強していた私は、サウナのような環境で汗をダラダラ流しながら勉強せざるを得ませんでした。
この事件以来、日本のエネルギー政策や環境政策に興味を持つようになり、アメリカへ留学した際には、コンプライアンスから新エネルギーに至るまで幅広く勉強しました。
帰国後も、環境ベンチャーで数ヶ月間インターンシップに参加したほか、日々環境関連の情報収集に努めています。
しかし現時点では、日本が環境問題に対して積極的に取り組んでいるとは言いがたい状況であると思います。
そもそも日本政府は環境問題に取り組みに消極的であり、国民の環境に対する問題意識も低く、なにより企業は、一部の企業(シャープなど)を除いて、環境市場に参入する動きが欧米諸国と比較して鈍い、というのが現状です。
そこで私は、日本の環境市場に対して意図的にお金を流しこむことで、環境に関する日本企業の活動を根本的に活性化できないか、と考えました。つまり、環境ファンドを創設するということです。
そのために、大学卒業後は一旦金融機関に身を置き、資産運用について学びたいと考えています。
ただ、そもそもこの筋書きが現実的なのか、仮に現実的だとしても新卒で資産運用に携われる金融機関が存在するのか、資産運用ではなく他のより重要なスキルを身につけるべきなのか(それが何なのか、今はまだ明確にわかりませんが)といった疑問に、いつも悩まされています。この話について、率直にご意見頂ければ幸いです。
講師からの回答
ユニークな御質問ありがとうございます。自習室で電力不足で空調が聞かなくなった体験が、BRICSでの新エネルギー発電システムへの志望動機になった、というのが事実でしたら、貴方の類まれな問題意識とグローバルパースペクティブに心から拍手を送りたいと思います。
またその後の学業やインターンの内容とも整合性が取れており、行動に裏打ちされた問題意識に敬意を表したいと思います。
まずは敬意を表したうえで、3つの問題点を指摘させていただきます。
まず第一に、この筋書きは、かなり遠回りです。環境市場に意図的にお金を流し込むというのは、通常の投資活動に比べてリターン目線を下げて、往々にしてお金になるかどうかわからないリスキーな環境投資をするということです。
つまり、ハイリスクローリターンの環境ファンドを設立する、というように聞こえてしまいます。
投資リターンは難しいけれども長期的な技術開発が必要だから投資するという資金は、民間ファンドではなく政府予算が担う問題になるでしょう。
第二に、環境問題を解決できる人間になるために金融を学ぶ、というのは、ご自身の問題意識への直結度を考えた時、優先順位が違うように思われます。資産運用会社で学べるような金融知識は、すでに数えきれないほど無数の人が有しているからです。
学ぶべき他のより重要なスキルという意味では、研究所にいる技術や技術者とアントレプレナーおよび資金を繋ぐ仕事の方が、埋もれてしまっている環境技術を世に出すという意味で、難しいですがありがたい人材像です。
第三に、金融機関にドップリ入ってしまうと、ものの数年で完全に「金融機関入社を決めた当初の志」がすっかり消え失せてしまうケースが多いのです。
ご質問にもありましたが、新卒でも資産運用会社は採用していますし、日本生命やフィデリティなどは、資産運用会社でのキャリアを志向する方には素晴らしいキャリア環境を提供するでしょう。
ただし往々にして、何か達成するために学ぶステップとして入ったはずの外資系投資銀行に、給料の良さと満たされる承認欲求から、解雇されるその日まで居続ける人が、後を絶ちません。
当初の「環境問題を解決するために金融・資産運用を学ぶんだ」という出発点の問題意識はどこへやら、数年後はボーナスの額を上げることしか考えない人に早変わりすることもあるので、ここは要注意です。
”環境ファンド”はすでにたくさんあるが、あまり行けている投資先が少ない
環境ファンドに関しては、多くの環境問題に熱心な学生の皆さまから当セミナーに寄せられる御質問でもあります。
ただしそのようなファンドは既に存在していますが、特にパフォーマンスがよいわけでもありません。
ファンドの中には環境にいい商品を作っている企業にだけ投資する、というファンドもありますが、中身を見てみると“環境にいい”とこじつけの理由であまり関係なさそうな会社も結構はいっています。
これは、環境だけに特化して、さらに利益が上がっているという基準で厳選すると、投資対象規模が極めて小さくなり、ファンドとしてペイしないことが挙げられます。したがって、単に民間の環境ファンドを作っても民間資金は集めにくいので、予算たっぷりでしかもリターンをフィナンシャルインベスターのように厳しく求めない、政府支出の環境資金を運用する環境スタートアップVCなどが、仰っている目標の実現にとって、より近しいイメージかと思われます。
最後にまとめますが、金融機関に入るためのストーリー作りではなく、本気でこのようなキャリアビジョンをお持ちであれば、このような壮大な遠回りキャリア設計をしてはいけません。
エネルギー分野の環境技術でベンチャーを立ち上げるなり、そのようなベンチャーに入るなり、そのような研究開発をする大企業に入るなり、無駄遣いされまくっている巨額の政府投資をイケてる環境ベンチャーに振り分けるVCマネジャーの方が、環境ビジネスエコシステムには圧倒的に不足していると言えるでしょう。