
”ツブシが効く”仕事とは、他のポジションや企業、業種を超えて、共通して重宝されるスキルが身につく仕事のことです。
投資銀行において、一番将来のツブシが効くのはIBDでしょう(なにせ膨大な雑用があるうえ、データになっていないインサイダー情報や戦略的判断などは、AIに代替されないのですから)。
志望動機の段階で、”まったく業務内容と適性の違う業界”を両方述べてしまう方は数多くいらっしゃいます。トレーダーとバイアウトファンドの仕事を志向される、東京大学の方の質問にお答えします
投資銀行の志望部門をどう選ぶ?潰しが効かないトレーダーの将来性とは?
東京大学工学系研究科Cさんより質問
私は今トレーダーの仕事に一番興味を持っていますが、まだ自分のキャリアのスタートとして選ぶことを決心できずにいます。
夏に外資系のIBDでインターンをしたときに、社員の方に「一番将来のツブシが効くのはIBDでマーケットは将来の選択肢が狭まるよ」と言われました。
確かに話を聞く限り、IBDでキャリアをスタートした人は、バイアウトファンド、ヘッジファンド、コンサル、MBA、国連など幅広い分野に進んでいます。
私は将来バイアウトファンドで働いてみたいという夢があるのですが、トレーダーとしてキャリアをスタートした場合その道は開いているのでしょうか?
外資系投資銀行に勤める人達は、仕事を将来へのステップアップのための踏み台と考えている人が多いように感じるのですが、トレーダーの人達のキャリアパスというものはどういったものがあるのか知りたいです。
講師からの回答:悲惨!金融機関の潰しが効かない3大職種とは?
これは、”興味のある仕事が、潰しが効かない問題”であり、よくある質問です。ただ、あなたが将来働いてみたいと仰っているバイアウトファンドの仕事とは程遠く、そのスキルも人脈も全く異なります。
まずは、”トレーダーの人たちのキャリアパスは?”という質問に答えましょう。トレーダーは、実際あまりつぶしの聞かない職業です。しかもアルゴリズムトレーディングに代替され、多くの人が仕事を失ったポジションでもあります。今後、AIプログラムへの代替がさらに進む分野でしょう。(実際私の友人で、ゴールドマンのニューヨークで働いたインド人トレーダーは今、AIトレーディングプログラムを開発し、古巣と他の投資銀行に売っています。)
ただし、年齢や経験に関係なく稼ぐ人は稼ぐので、若くして10億稼いで、とっとと引退して、それを元手に投資か商売をやるのならそれはそれで正しい選択肢となるでしょう。ないし、マーケットが良かった2000年代初頭から中盤にかけて稼ぎまくり、市場が崩れる前に香港でアジア統括MDとかになり、数十億単位の資産を築いて、有名なドラマXXXハウスの撮影に、自分の別荘を貸し出すようになった人もいます。
ちなみにトレーダーで成功する人は総じて、この仕事が面白くて面白くてたまらない、と、ハマっているひとが多く、生半可な気持ちではつとまらない仕事です。(好きな人は本当に、寝ても覚めても四六時中、トレーディングのことばかり考えているため。)
”ツブシがきくのかどうか、、、”などと生半可な決意ではなく、”トレーディングしているのが何より幸せ、合コンもキャバクラも、トレーディングの敵でしかない!”と本気で思い、飲みに行ってもひたすらスマホでブルームバーグをチェックして欧州市場が開くのをいまかいまかと待っている人でなければ、トレーダーを目指すのはやめておいた方がいいでしょう。
それくらい、”これ好きで仕方がない!AIに代替される前に、稼ぐだけ稼いであとはPA(Personal Account)で頑張る!”という人が多いのです。
なお、トレーダーとともに「潰しが効かない」仕事が金融機関にはたくさんあります。債券営業とかは、地銀の投資家のオジサンと飲み明かして、その後地銀から資金調達する仕事に就けば大いに活用できますが、それ以外ではかなり潰しが効きません。
他にも、ローン貸出業務などは以前は銀行の花形業務でしたが、最もAIに代替される業務であり、この職業も博物館に葬り去られることになるでしょう。(それを反映し、現在銀行セクターの株価は史上最低水準をうごめいています。)
「潰しが効く仕事」が大好きな国民性~投資銀行部の仕事は、地味でハードな下作業を効率的にこなす必要があるだけに、いろんな仕事で重宝される
さて、貴方がおっしゃるよう、バイアウトに行くならコンサルかIBD(もしくは株式調査部)が有用です。将来なさりたいバイアウトで必要とされるスキルの中、トレーダーのスキルとIBDのスキルどちらが整合性が高いか考えれば答えは明白です。またインダストリー4・0時代において、前者は最もAIに代替される業務で、後者は最もAIに代替されない業務です。(著名なAI投資家のKai Fu Lee博士もその著書や講演で、そのように述べておられます。)
実際私の知るプライベートエクイティプロフェッショナルのバックグラウンドはIBD出身が圧倒的に多く、トレーダー出身は本当に見たことがありません。
もちろん、債券トレーダーから不良債権のスペシャルシチュエーショングループに移って、後にマルチ・アセットストラテジーに転換していつのまにやらプライベートエクイティの大手ファンドを作った某社の事例もありますが、極めて稀な事例でしょう。
IBDは働いているときは作業内容も面白くないものが多く(特に下っ端時代)、労働時間も過酷です。ところが数年経験した後で外部に出ると、結構つぶしのきく、汎用性の高いスキルがついているものなのです。
会計知識もバリュエーション知識も、シッティなパワーポイント資料作成スキルはいろんな仕事で生きてきます。(これらの各職業に汎用可能なスキルは、トレーダーでは全く得ることは出来ません。)
なかでも企業価値評価、特にスプレッドシートを真面目につくってモデルを作成する投資銀行部、株式調査部が、将来の事業投資や実物経済での活動に役立つ、ファンダメンタルな金融の基礎が身に付きます。
思えば、日本人は「潰しが効く仕事」が大好きです。これはリスク選好性が低く、手に職をつけておけばいざとなったら食べていける、という安全志向が強いからでもあるでしょう。
この意味で、「いろいろなことをたくさんやらされるからこそ、あらゆる仕事に付帯する下っ端の雑務だけは高スピードでマルチタスクで処理する能力」というのは、上がる株を買って下がる株を売る作業だけしているトレーダーに比べ、その作業の広範さから、「潰しが効くスキル」が多いのは、当然ともいえるでしょう。
面接先の志望動機と将来ビジョンを語る際は、くれぐれも「業務内容の理解」に要注意
なぜこの質問を取り上げたかといえば、志望者の方々の多くが、仕事の業務内容も知らないのに志望動機を述べるというそら恐ろしいことをやってのけるからです。
トレーダーとバイアウトファンドという、まったく内容も適正も違うどころか、どちらかといえば正反対のお仕事を志向されていますが、これは新卒就活時にほとんどの人がそうであるよう、”中身を知らずに想像の志望動機を述べてしまって”おられるのかもしれません。
結果的に、「10年後のビジョンは」などと聞かれたときも、今志望している部門の仕事と全く関係ないことを言ってしまう人も、恐ろしく多いのです。
力強く、目を輝かせながら業務内容とまったく関係ない夢を語られても、“あんたいい奴だけど、この仕事じゃないね。。。。”とキョトンとされるのがオチなのです。
非常に優秀で志も高く、実際に入社されたら大活躍されたであろう未来のエース級人材が、単に業務内容をしっかり知らずに的外れな志望動機を語るがために、面接で涙を見るケースは非常に多いのです。志望動機と業務内容のマッチングには、くれぐれもお気を付けください。
最後に回答をもう一度纏めますと、
①トレーダーは確かに潰しが効かず、物凄く好きな人とアルゴリズムトレーディングの戦いといういばらの道が待っている
②投資銀行部門M&Aチームは逆に、AIが最も苦手とする職種であり、生き残る。(長らく”今更IBD?”と揶揄されていましたが、AIで金融機能が代替される中で、最も生き残る部門ということで逆に私の中で注目を浴びています。)
③バイアウトファンドの仕事とトレーダーの仕事を志望されていることから、業務内容と何をしたいのかをあまり正確に理解できていない可能性があるので、”空想の業務内容、想像の志望動機”にならないよう気を付けよう、というのが結論です。