
働き甲斐のある企業として名実ともに世界ナンバーワンと目される、株式会社セールスフォース・ドットコム。営業支援のSaaS企業として認識されがちだが、今では時価総額が20兆円を超え、世界有数のDX企業に急成長している。「テクノロジーの民主化」と「世界をよりよい場所にする」という壮大なビジョンを掲げ、コロナ禍でも「世界一成長している巨大企業」として、業態と採用を拡大している。以下ではグーグルやBMWで人事部長を歴任し、現在は同社で執行役員人事部長を務める鈴木雅則氏に、話を伺った。
エンゲージメント世界最高企業・セールスフォースへの就職・転職:なぜセールスフォースは、従業員エンゲージメントが世界一なのか?
会社は、従業員中心主義か、そうでないかに分かれる:コロナ局面で露出した実態
Q:雅さん、お久しぶりです。お元気にされていましたか。
A:おかげさまで楽しくやっております。コロナの影響で、もう一年以上出社していなくて、在宅勤務が1年2か月続いています。緊急事態宣言が最初に出る一週間くらい前からオフィスをクローズし、必要な手続きを踏めば出社できますが、現在も社員の数%しか出社していない状態です。
その後一度もオフィスに行ってないのですが、採用も教育も全てオンラインにシフトしています。それでも会社は問題なく回ってしまうこともわかったのですが、これは今日のトピックでもある、エンゲージメントの高さも背景にあるのだろうなと。
Q:一年以上、執行役員の人事部長が会社に来ない会社って、凄いですね。私も早速アプライしようかな、、、(笑)。でも、在宅勤務と出社のオプションを掲げつつも、実質「おえらいさん」が皆出社するので、圧の強さから若手も皆出社、みたいな会社もありますものね。
ところで、御社セールスフォース・ドットコムは日本どころか世界で最も従業員エンゲージメントが高い会社として知られています。
今日お時間頂く前に、ゴールドマンサックスの会長による、マークベニオフ(創業社長)のインタビューとか動画を見てきたのですが、彼は「ステークホルダーセオリー」を何度も口にして、従業員を大切にすることの大切さをひとしきり強調していました。
雅さんからご覧になられて、御社のエンゲージメントが世界一なのは、どこに要因があると思われますか?
A:いろんな考え方があると思うのですが、究極的には従業員中心主義がある会社とそうでない会社にわかれるんだろうなと。従業員サイドからすれば、会社からどれだけ教育的な面もそうですし、出した成果に対する正当な報酬など、社員が会社から投資されているという感覚が重要なのだなと思います。
またコロナ禍のような事態で、会社がどれだけ社員の事を考えてくれているのかが明らかになる年だったなと。職場が家になっていくために、ノイズキャンセリングフォン購入費用や自宅オフィス化のためのオフィス家具代や、学校閉鎖の際のベビーシッター支援などですね。また夏場の光熱費上昇に対する補填を派遣社員から正社員まで等しく支給するとかですね。
やはり会社が社員を大切にしていると言いつつも、それが制度面で実施されているかどうかが重要だなと。口で言いつつも社内で何も実行されていないと、対外的にいいこと言っているだけで実態は正反対だと、社員からの信頼を失うことになってしまいもします。
信頼されていないと、どんな施策を打ったところで、社員がシラけてしまっているので、効果はないと思います。
エンゲージメントの高い会社は、情報の透明性と、社員がフィードバック出来ることを重視
Q:信頼という意味では、財閥系企業など日本の第企業で優秀な社員のやる気が無くなる要因の一つに、上が何を考えているかわからないという点がよく上げられますし、そのことがエンゲージメントを下げるのは、エンゲージメントセオリーでもよく指摘されています。
この点、御社はヘッドクォーターのトップレベルの議論を世界中の社員がアクセスできたり、リーダーからメッセージが直接届くなど、社内の透明なコミニュケーションでも知られていますよね。社内の信頼感を高めるために、他の企業もこれをやるべきだ、という点では、何を挙げられますか?
A:ひとつひとつを話すと当たり前になってしまう何ですが、情報の透明性をいかに担保するかが重要です。究極的にコミニュケーションという意味で考えると、会社は経営陣がこんなことやりたいですというミッションやパーパス(目的)を明らかにし、そして今年はこれをするという目標を立てるわけですが、それに対し社員はこう思いますというフィードバックメカニズムが創られてるかがとても重要だと思います。
今年からSlackを使って、今年の目標を経営陣が発表した時に、それに社員がアクセスして意見を言う、というように社員のフィードバックを集めるメカニズムが全社員向けにあります。
またフォーカスグループといいいますか、一つ一つの経営の目標に対し、それが受け入れられるかは別として、たとえば日本オフィスではこの目標に対してこう考えますというフィードバックを本社に伝えます。そして出来上がったものに関しては社内のイントラネットに乗せて、それを誰がどこからでもアクセス可能で、周りから可視化されています。
この情報の透明性とフィードバックできるかが、信頼関係のレバーになっています。ここまでやっている会社はそうはなく、例えば私が以前働いていたグーグルも極めて情報の透明性が高かったですが、これが社員のエンゲージメントを高めていると思います。
主体的に決められず、頑張っても飛び級できない組織では、「個の力」が削がれる
Q:ありがとうございます。日本企業は伝統的に資本主義的利益より、社員を大切にするという経営が長らく続いてきました。これに対し欧米、と言いましてもヨーロッパはまだ人を大切にする社会民主主義的なノリの会社が多いですが、アメリカは投資家に帰属する資本を増やすためのインプットが労働者という思想で経営されてきた企業が多かったです。
そんな中、いま世界的に伸びている米系企業は、グーグルしかりセールスフォースしかり、人を長期的に大切にする企業になってきていますよね。
A:そうですね、人を大切にするという意味では、社員が自分自身で主体的に決めて、オーナーシップを持ってエンゲージメントを高める風土が重要なのだと思います。日本企業の終身雇用もよい側面も当然あるのですが、やはりローテーションなどで自分が望まない仕事が降ってきて、それをやらされると主体的に意思決定する機会が少ないというのが、問題の一つかと思います。
また日本企業は先輩後輩の上下関係がかっちりしていて、どれだけ頑張っても上を飛び越えて飛び級昇進みたいなのは極めて稀です。この辺が出来るようになってこないといけないのかなと。この二つが、日本企業が今苦しんでいる要因なのかなと。一人一人優秀な人は多いのですが、組織になると個の力が削がれるというのは、個が重要になる時代にそぐわないのかなと。
「もっと大きな舞台で頑張りたい」と刺激をくれる会社かどうか
Q:ありがとうございます。日本人は、本日参加してくれているZキャリアの皆さんも含め、大学生までは魅力的なんですよね。自由闊達で主体的な人も多いです。それが会社に入って数年たつと、退屈な会社人間になってしまう人が多いのです。
これを鑑みると、日本では企業組織が、個人を会社の要求道理に適応するように変えていくので、個人の魅力を消し去っていく社会的装置になってしまっているのかもしれませんね。
会社のカルチャーがその人の個性を消して、組織に適用するように、日本人退屈化装置になってしまっているというか。
A:私は立場上、他社のコメントはできないのですが、たとえばグーグルに新卒で入って、たとえばエンジニアで、最初グローバルで働くことに興味なかった人が入ってくるのです。
ですが入ってきた途端グローバルでプロジェクトを組んで、グローバルチームで製品開発するようになると、気付くと英語も話しだしますし、マインドがシフトしてシリコンバレーで働きたくなる人が増えるのを見てくると、会社でどういう体験することで、その人のポテンシャルが開花するような変化装置的役割を果たすような会社もあるんですよね。
よって、入社することよって自分がやりたいことが広がって、その後にうちの会社で働いてもらってもいいし、他の会社に移ってもいいし、という「もっとやってみたい」という刺激的な環境で、自分を可能性を広げてくれるような会社であることが重要かなと。
Q:ありがとうございます。非常に本質的なメッセージを頂きました。今日来てくださっている方々へのメッセージとしてまとめますと、やはり自分の可能性を広げてくれて、主体性を刺激してくれるような会社を選ぶことが重要だということですよね。逆に言えば、組織の論理にからめとられて、どんどん可能性とやる気が小さくなっていく会社に入ってはいけないと。
A:そうですね。優秀な若い人は多いのですが、なかなか才能を開花できないような会社が多いんですよね。よって、伝統的なキャリア以外も志す学生さんが増える、つまり、雇用先の選択肢が増えるはいいことですよね。
日本の人事制度に必要なのは、チューニングではなくガラガラポン:実績次第で飛び級出来る仕組みが重要
Q:ありがとうございます。ただそうは言いましても、日本は長い間、このように年功序列で上意下達で猛烈に頑張るカルチャーで企業が立派に成長してきたわけですけど、なぜそれがここで機能しなくなってきているのだと思われますか?
言い方を変えると、いま企業で偉くなっているオジサンたちは、「俺たちはこのやり方で頑張ってきたんだから、お前たちもつべこべ言わずに頑張れ」みたいなカルチャーが、重しになってしまっていると思うんですよね。
A :そうですね、過去の成功体験に引きずられてはいけないのは個人個人ではわかっているんですけど、集団になった時にマインドセットが変われないというか。
これまでの流れを人事プロフェッショナルの目で見ていると、色々な仕組みをガラガラポンしなくてはいけない局面に来ているのです。しかしこれに対し、チューニングでなんとかしようというのが10年、20年と続いてしまったんですよね。
終身雇用をすると、新卒一括採用しなければならなくて、そのためには年次ごとに少しずつ上がっていかなければならなくて、と。本来は新しいビジネスモデルや戦略において最適な人事の在り方はどういう風にあるべきかを、もう一度再定義してやり方を変えなければならない局面だったのに、そこに手を付けてこなかったと。
いま、流れとしてはDXでビジネスモデルを変革していこうという流れですが、それだけではだめで、人事制度の変革も一緒に入れないと、実際にいいものを入れても、実際には実現できないんだろうなと。決してオジサンのマインドセットだけでなく、いろんなものが絡み合ってるのだと思います。
Q :ありがとうございます。そういった意味では、日本企業は出口の解雇もできず、レガシーシステムを持ちながら変革に対応しなければならないということで、難しいチャレンジも多いのだと思います。
そんな中、仮に日本の総合商社が銀行と言った伝統的大企業が、鈴木さんを人事部長にスカウトして「はい、仰ってたガラガラポンやってください」と言われたら、何から手を付けられますか?
A:そうですね、日本の大企業の人事の方々と話していて感じるのは、皆さん、何をしなければならないかはよくわかってらっしゃるということです。しかしながら政治的な理由、組織的な理由で身動きが取れないケースも少なくありません。
ただやはり、年次に関係なく上に行けるという制度への変更は、インパクトが大きいように思います。上司は年上、部下は年下、どれだけ能力が高くても、毎年ちょっとずつしか昇給しないという仕組みを壊して、若者でも能力が高い人はいろんなことが出来るようにすると思います。ここが変わると、他のいろんなものも変わらなければならなくなってくるので。
Q:そういう意味では、日本の多くの大企業はあまり頑張らなくてもフリーライド出来る人を増やすような仕組みになっているので、この人事制度からして、競争力が削がれるような仕組みに今はなってしまっていますよね
A:入社時点では、私は新卒採用もやってきたことがありますが、優秀な人はいっぱいいるんですね。入り口は大きな問題があるというより、入り口の後の人事制度に問題があるんだろうなと。
チームワークのリバイズが重要:相互信頼に基づく助け合いカルチャーの醸成
Q:ここまでのインプリケーションを求めると、中に入って刺激を貰える会社なのか、年次関係なく裁量持って上に行けるのか、などがエンゲージメントにとって重要なんですよね。
A :そうですね、それに加え、日本企業は社員の相互信頼やチームワークが得意と言われていたのですが、一方でうちの会社を見ていても、我々はOhana、社員は一家族、社員以外の御客様やコミニュティ含めてヘルシーなエコシステムを作っていきましょうという考え方を持っていますが、やはり一人で出来ることは限られているので、ここの助け合い、相互信頼が重要なのだと思います。
チームワークというものを、この新しい環境の中でどうリバイズしていくべきなのかが大切なのだと思います。
Q:それに重ねて言いますと、チームワークの定義が変わってきているのでしょうね。
かつては滅私奉公で組織の目的のために、個を抑えて上からの命令に従うのがチ
ームワークだと思われてきたかもしれません。また実際に、長年の経験がものを
言いましたし、情報も一部に集まりコントロールできる時代でした。
しかし技術進化、変化のサイクルが早まると、若い人の方が対応力がありますし、情報も一部の人が独占できなくなっています。このような変化を踏まえ、あるべきチームワークの定義も変わってきているのでしょうね。
A:そうですね、今は目的に対し、それを実現するためにチームワークを発揮しなければならないんですよね。
Q:ありがとうございます。今しがたおっしゃったことが、これまでの外資系金融機関などとの違いなんでしょうね。最初に挙げられた二つ、つまり年次に関係なく昇進でき、実力次第で給料も上がるというのは、外資系金融機関などでも昔からそうでした。しかし、社員間の相互信頼という意味では、社内政治激しく、社員の入れ替わりも激しく、いつ後ろから刺されてクビになるかわからないみたいな環境ですと、社員間の相互信頼は醸成しずらいものです。会社へのロイヤリティも高まりません。
そんな中、御社で社員間の相互信頼が強いのは、どのように実現されているのですか。やはり、人事制度上で助け合いを奨励するような設計になっているとかなのでしょうか。
セールスフォースの「バリューベースのカルチャー徹底浸透」
A:これはいくつかの要素が絡まっていると思うのですが、我々が社会と社員に言ってきたのは、セールスフォースはバリューをベースとしたカルチャーを作っていくと。それが競争戦略になっていくのだと。
我々が掲げている4つのバリューは、言うならば当たり前のものです。顧客と会社の信頼、また社員との信頼などなどですが、信頼というのは理論的に2種類に分けられると言います。一つは認知的な信頼で、もう一つは感情的な信頼です。
認知的な信頼は高い業績を上げていくことなどが含まれますが、感情的な信頼はやはり、繋がり等です。そんな意味で、自分たちの会社は、社会にとっていいことをしていると感情的に思えることも大切なんだろうなと。
また4つ目のバリューである“平等”に関してですが、我々は社会貢献できるリーダーを育てるのだというミッションを持っています。我々のビジネスが成功することも重要ですが、その成功を通じて社会が良くなっていくということを重視しています。
セールスフォースではボランティア活動を重視していますが、社内にポータルサイトがあり、様々なボランティア活動に隙間時間で参加できるようになっています。
そこに、今後どんなボランティア活動があるか紹介され、グーグルカレンダーにもすぐ反映されるよう仕組み的にも整っています。また年間7日間、有給休暇とは他に、ボランティア休暇があり、ボランティア活動に充てることが出来ます。つまり、年間56時間は社員みんなでボランティア活動しようねという目標を立てているのです。
そういう意味では、バリューで提唱していることを、しっかり実現しようといういろんな仕掛けで後押しをしています。言っていることと、やっていることの乖離を無くしていくことが、すごく大切なんだろうなと思っています。他のバリューであるカスタマーサクセスやイノベーションも、言ってみれば当たり前なんですけど、それらがしっかりと浸透しているのです。
我々は急成長しており、社員もグローバルで5万人いますが、99.9%が、セールスフォースのバリューは何かと問われれば、正しく回答できると思います。グーグルにいた時もそうだったんですが、「世界中の情報を整理し、世界中のユーザーがアクセスして使えるようにする」なんですけど、99.9%の人はやはり、言えると思うんですよね。
そこまでバリューやミッションが浸透していることが大切なんだろうなと思います。
Q:ありがとうございます。確かに、今お伺いしたセールスフォースの4つのバリューである信頼、カスタマーサクセス、イノベーション、平等は、これを言っていない会社が世の中に存在するのか、といえるくらい、一般的ですよね。しかしそれを本気で浸透させるコミットが出来ているかどうかで差がつくのでしょうね。
A:そうですね、多くの企業で立派なビジョンやコアバリューは掲げられますけど、実践できていないところが多いと感じますね。この点セールスフォースでは年に二回、従業員サーベイを行い会社のリーダーがコアバリューを体現できているかをチェックすることもしています。
ここまでしている会社は、そうはないと思いますね。コアバリューを浸透させるのか、自然に浸透していくのは別として、浸透の度合いが他社と比べて全然違うと思います。
セールスフォースでのキャリアの魅力の一つは、社会貢献の機会に溢れていること
Q:ありがとうございます。そういった意味では、今のZ世代の方々って、社会問題への貢献意欲が強い人が多いじゃないですか。それも、地球規模での社会問題解決に対し、意欲的です。もちろん、まったく考えていない人もいますが、割合的には増えていると思います。
そんな中、社会問題解決に貢献している会社で働きたい、その意味で自分の会社を誇りに思いたいという気持ちが強くなっていますよね。ですので、そういった世代に御社のような会社のフィットが高まっているんでしょうね。言い換えれば会社側としても社会問題解決に貢献できていないと、優秀なZ世代の人たちに選ばれることが出来なくなっているともいえますよね。
A:そうですね、今年4月に入社してくれた新卒新入社員の方々にしても、地域創生に貢献したいとか、日本社会のEqualityを前に進めたいとか、また弊社は地球環境変動対策にも積極的に活動していますが、そのような社会問題解決、社会貢献のためにセールスフォースへの就職をしたいという方々が増えていますね。
もちろん日ごろの仕事はやらなければならないのですが、それ以外にも、たとえばセールスフォースではボトムアップでERG(Equality推進グループ等)があり、そこで活動できることも多いですしね。
社会貢献活動を中心に行うグループや、ボランティアを推進するグループもあります。この会社で働いていて楽しいのは、経営者にITの仕組みでビジネスモデル変革など提案して進めていくのは楽しいのですが、他にも社会貢献できる機会がそこら中にあることなんですよね。
社会とどうかかわっていくのか、社会をどうよくしていくのかということにかかわれるのが、セールスフォースに就職、また転職していただくことの魅力の一つだと思います。
実際にエンゲージメントを高めるという意味でも、ボランティア活動は有効です。社内のデータを分析すると、ボランティア活動をすることが、従業員エンゲージメントを大いに高めているんです。
世の中と繋がる感覚が重要なのだと思いますし、チームビルディングにもなっています。ボランティアによる貢献が可視化され、表彰されるなど、その辺の仕掛けもよく出来ています。
Q:え、ボランティア活動も会社で表彰されるんですか
A:そうですね、たとえば何時間以上やると、“ロックスターですね”などの称号を贈られたり、自分の気に入ったボランティア団体に会社から一定の金額寄付出来たりします。