
理系の学生さんの多くが、日本を科学技術立国にしたいという「キャリアビジョン」や「志望動機」を就職活動中に熱く語られます。そして毎年「理系学生悩み事アルアル」シリーズ再頻出第一位が、「日本の技術力を高めるには、自分は技術者になるべきか、それともコンサルなどで経営のレベルで貢献すべきか」というもの。しかしそもそも「日本の技術競争力を高めるのが私の生きる道」というのが単なる思い込みでないのか考えなければならないのは当然のことながら、メーカー研究職やコンサル以外のオプションも広く検討しましょう。
就職キャリア相談:「日本を科学技術立国するという夢を叶えるには?」
東京工業大学大学院 理工学研究科 KTさんより質問
現在、理工系の大学院で原子核工学専攻に所属しております。
私の専攻の人は多くの人がメーカーに進みます。自身も科学技術立国 の日本が発展して欲しいと考えております。その意味で今までメーカーを志望しておりました。
しかし科学技術立国になるためにはビジネスの仕組みも必要と考えて戦略コンサルタントを志すようになりました。
しかし最終の目的である日本を科学技術立国にしたいという夢に違いはありません。
以上のように考えた時に、はたして技術の道に進むべきなのか、それともコンサルタントになるべきなのかどちらの方が日本に貢献出来るのか知りたいです。
講師からの回答: メーカー研究職やコンサルだけが選択肢ではない
問題意識溢れるご相談、ありがとうございます。これに答えるには科学技術立国の定義と、貢献の定義、あなたの適性、やりたいことを考えなければなりません。
ここでは、科学技術により生産性を高め、経済成長を牽引し、その成長に与えるご自身のインパクトを最大化するには、という感じでしょうか。
そうだと仮定して進めると、一つのメーカーで基礎研究でそれこそ発光ダイオードや再生エネルギー、リニューワブル・バッテリーの基幹技術を開発して特許で抑えて知財で世界中から稼ぐ、みたいなウルトラCキャリアをたどれるならメーカーに進んで研究職もよいかもしれません。
ただ正直なところ、会社へのインパクトならまだしも、一国単位へのインパクトとなると、一つの会社に就職して研究開発をして、、、という道は、少し上で定めた定義とは遠いように思います。
ここで私が申し上げたいのは、”科学技術立国”を実現するのが本当に御自身の強い動機だと仮定した際、その実現に向けたボトルネックは多様なレベルで存在し、貴方はどのような問題を解決することが、御自身の強みと興味を活かし、自分と会社と社会へのリターンを最大化できるのか、という問いです。
もちろん、選択肢はメーカー研究職やコンサルだけではありません。今はメーカーの研究者やコンサル以外にも様々な道があります。
たとえばメーカーよりもAIやブロックチェーンを様々な分野に応用する分野の方が、”科学技術立国”の新たな定義に合致しているかもしれません。「技術立国」の定義はインダストリー4.0時代では、物理ではなくコンピューターサイエンスの分野がけん引しているのですから。
科学技術立国への課題:非効率で意味なさそうな研究開発投資が多い
科学技術立国への多様な障壁要因と上で書きましたが、もう一つ事例を挙げましょう。以下では、コンサルティングファームで幸い、日本を代表するメーカーのR&D政策改善プロジェクトに参画した経験から問題意識を書きます。
まず日本の科学技術政策の問題点として、研究開発投資が巨額に上るものの、その効率性が疑問視されています。特許の数は確かに多いですが、それが収益に繋がっていないケースがあまりにも多いからです。これは市場の需要とは隔離された、いわゆるガラパゴス携帯の例もその一つかと思いますが、せっかくの高度な技術力がお金に繋がっていないのです。
逆に、お金に繋がる戦略的特許を米IBMなどは巧みに押さえているため、彼らは知財収入だけで2000億を超える年を何度も記録しました。彼らから特許侵害で訴えられる企業は多額のライセンスフィーを払う羽目に陥っています。
これは、一方では伝統的に日本の大手メーカーに資金が潤沢で研究開発費の使い方に関し規律が緩かったこと、また研究所の力が強かったり、営業チームと連携がとれてなかったりと、様々な原因が挙げられます。
このような”非効率か無駄な膨大な研究開発投資”を止めるというのも、(研究者の趣味や仕事は減りますが)国の生産的な科学技術資源配分という意味では、非常に重要な問題解決だと言えるでしょう。
”科学技術立国”の自分ならではの定義を考え、自分の特性を活かせる具体的職業を自分で選ぶことが大切
科学技術立国への貢献という広くぼわっとしたビジョンを具現化していくには、そのビジョンに繋がる多様な具体的な仕事の理解と、その選択肢の中からどれであれば自分が楽しみながら他の人よりよくできるのかという、自分への理解が欠かせません。
技術力の資金化という意味ではメーカーの研究室で偉大な発明目指して研究に励む道もあれば、政府で科学技術振興政策を推進するというパブリックポリシーの道もあれは、ベンチャーキャピタルで有望な技術を有する日本企業をビジネスとして成り立たせ、海外に打って出るというインキュベーションの道もあれば、アーサーディーリトルなど知的財産戦略に強いとされるコンサルティングファームでクライアント企業の特許の棚卸→評価→収益化などの戦略を補佐するという道もあるでしょう。
ズバリ、コミュ障でオタク肌の一人でこもるタイプは、間違ってもコンサルではなく研究者としてプロフェッショナルを目指すべし
ただしこれらは向き不向きの世界ですので、率直に”社会のために何をやるべき”などと大きなことを考える前に、純粋に”自分が燃えられる選択肢、自分の適正が活かせ、他の人に任せるより自分にまかせた方がいい仕事は何か?”という観点で考えるのが大切でしょう。
たとえば、ビジネスや組織の戦略など商売要素に興味がなく、またコンサルティングファーム特有のグローバルに統一された評価指標に合わせて自分を環境適応させるのが苦手な人は、間違ってもコンサルを目指してはいけません。純粋な基礎研究に没頭したいタイプの方は、研究者になった方が、その特性を生かせるのです。
逆にビジネスとして回る仕組みを作って有望な技術をサポートしたい、チームで問題解決に取り組み、法人クライアントからのフィーで食べていきたいというのであれば、コンサルティングの方が向いています。
もしくは自分でお金を張って、人脈を駆使してポートフォリオ企業の技術力で稼ぎたいというのであればファンドへの道を目指すのも考えられます。
ただ新卒で、今後実際に働きながら具体的にやりたいことが見えてくるかと思いますので、”絶対にこれでなきゃだめだ!”と深刻に考え過ぎず(真面目な方が多いからか、東工大の方は他の大学生の方々に比べ、先々のことまで細部にわたって検討されたい方が多いようです)、方向性とビジョンと価値観に合致したキャリアを選ばれることを、祈念しております。