
働き甲斐のある企業として名実ともに世界ナンバーワンと目される、株式会社セールスフォース・ドットコム。営業支援のSaaS企業として認識されがちだが、今では時価総額が20兆円を超え、世界有数のDX企業に急成長している。「テクノロジーの民主化」と「世界をよりよい場所にする」という壮大なビジョンを掲げ、コロナ禍でも「世界一成長している巨大企業」として、業態と採用を拡大している。以下ではグーグルやBMWで人事部長を歴任し、現在セールスフォースで人事部長を務める鈴木雅則氏に話を伺った。
エンゲージメント世界最高企業・セールスフォースへの就職・転職(後編)
企業活動は常に見られている:採用・リテンション・顧客との良好な関係構築に、社会貢献活動がより重要に
Q:ありがとうございます。これに絡んで少し理論研究の話が絡んでくるんですが、いま世の中の企業がESG対応に積極的になり、なぜこんなことになってるのだという議論が活発化しています。
もちろんGPIFがESG投資を重視するようになり、運用会社や企業の姿勢がシフトしたこともありますが、それを合理化するアプローチとして資本コスト低減とか、ちょっと実態とは離れた研究が多くなされています。
鈴木さんからご覧になられて、ファイナンシャルなリターンに繋がるかは定かではないのに、企業が社会貢献を打ち出しESG対応を積極化させる合理性は、やはりタレント採用とエンゲージメントを高められる点だと思われますか?
A:採用とリテンションに効果があるのは、言えると思いますね。あとビジネスは自社で完結するものではなく、顧客や政府や社会と、様々なステークホルダーとエコシステムを形成していく必要があります。また以下は一般論ですが、SNSの発達などで情報の透明さが増し、我々の活動が世の中に伝わっていく速度と規模が格段に上がっています。
常に見られているという環境の中で、このような活動をしていくことは、会社としてもメリットのあることだと思います。セールスフォースの場合は、創業者が創業当時から社会貢献する会社を創るんだという強い思いを持ってきた会社ですが、採用の面でもリテンションの面でも、また新しいお客さんとよい関係を創る意味でも、情報の透明性が増している環境では、このような活動は意味を増しているのだと思います。
お客さんも消費者も、社会貢献的な取り組みに注力している会社とそうでない会社を比べる意識も高まっています。どこの会社とは申しませんが、こういう面で社会的に叩かれるようなことをしている会社だと、情報が一瞬で伝わる昨今ですと、その影響も非常に大きいですし。
セールスフォースは、「全方位にバイアス」が無い、「誰もが自分らしく働ける心理的安全地帯」を創ることに注力
しかし頂いたお時間が早くも無くなってまいりましたので、Z世代クェスチョンに移行する前に、バブル崩壊世代の私から最後に質問です。今日お集りのZ世代の皆さん、またその少し上のミレニアル世代の皆さん、またそこからはるかに上のバブル崩壊世代の皆さんですと、やはりエンゲージメントの決定要因に違いがあると思われますか?ないし、性別ごとに異なると感じられますか。
A:そうですね、我々は女性がとか性別で区切るというより、誰もが自分らしく働ける環境を創ることを重視しています。
アメリカで人種間の葛藤が取りざたされていますが、企業でも、採用の段階や給与のオファー、昇進などあらゆる場面で偏見が介在していないか、いろんな人事プロセスに総点検をかけています。ここはセールスフォースが、他社より熱心に取り組んでいるところでもあります。
また平等やダイバーシティがイノベーションに繋がっていくというビジネス上のメリットもあるのですが、他にも仮にセールスフォースにせっかく就職・転職してくれた人が、入社後に合わなくなって「セールスフォース、よくなかったよね」という不満を持って退社する人が増えていくと、それが口コミですぐに伝わるようになってますから。
セールスフォースでは女性に限らず、全方位的にバイアスの無い組織を創っていきたいと思っています。また、若い人たちが自分らしく働けるような、心理的安全地帯を職場にどう作っていくかに注力しています。世代間の違いを意識しているかというと、特にそうではなく、誰でも自分らしく働ける職場、というのを大切にしています。
一人一人の声をしっかり吸い上げ、次の施策にしっかりと落とし込んでいく
Q:ありがとうございます。ところで「自分らしさ」というのは多くの人にとって重要なキーワードですが、人や会社によって定義が違うので、困惑する人も少なくありません。鈴木さんの思われる「自分らしさ」の定義は何でしょうか?
A:そうですね、会社が求めるミッションやパーパス(目的)は踏まえつつも、自分が周りを忖度して意見を自由に言えないということは、無くしていくことが重要だと思っています。ミーティングに限らず、アンケート調査などで、一人一人の声をしっかり拾い上げていくことが大切だなと思います。その声を経営陣が聴いて、次の施策にしっかり落としていくのが大切なのだと思います。
自分が女性だからとか、若いからとか、アフリカンアメリカンだからとかで意見を言わないようにという状況は、組織にとって非常に損失だと思うんですよね。いろんなアイデアがあるからこそ、イノベーションが産まれるわけで。だから、自分らしくというのは、簡単に言えば自分の意見を言えるということではないでしょうか。
Q:非常にいいお話を頂きました。自分らしく生きる、自分らしく働くとはどういうことなのかを掴みあぐねている人も多い中で、自分の意見を言えて、それが聞き入られる環境の事を指すのだなという、大きな示唆を頂きました。
また私もお話を伺っていて思ったのですが、今世界中で人種対立や貧富の格差、ジェンダーギャップなど矛盾が存在する中で、個人としては世界の問題を解決することは遠いけれども、その解決に繋がる活動を、会社の中で実現していきたいという気持ちも強くなっているんだと思うんですね。
そんな中で、御社が会社の中で、その会社ないしその会社が存在するエコシステムの中だけでも、世界の問題に通じる課題の解消に真剣に取り組んでいくことが、選ばれる会社になっている大きな要因なのだなと感じました。
A:そうですね、世の中が変わっていくのは重要ですが、そのためにも一社一社が変わっていくのが大切なのでしょうね。
ZキャリアチームとのQ&A
Q:本日のインタビューが、わたくしBH(バブル崩壊)世代のためのものでしたら、ここで美しい締めになるところでした。しかし実は、もう1万字をゆうに超えているのに、ここまでが前振りで、遂にメインイベントです。これから本日お越しのZ世代の皆様からの質問を受け付けていきたいと思います。
Q:セールスフォースではコロナ禍の改革、国のはじめての緊急事態宣言の1週間前から在宅勤務を決定したり、季節の移り変わりの光熱費の補償だったり、会社としての意思決定がスピーディーだと感じました。
一方最近の国のトップの特にコロナ禍における意思決定をみていると、そのスピードに欠けているな、と思っています。セールスフォースではそのスピード感を持つため、意思決定するにあたって、具体的な施策がありましたら教えていただきたいです。
リーダーの意思決定の速さには、多様な声をスピーディーに吸い上げるフィードバックサイクルの構築が重要
鈴木氏:
まず、リーダーシップはすごく大切だと思っていて、コロナ禍での1年間での経験で、どんな行動をすればいいかわかってきた。特に昨年の3〜5月、情報が錯綜していて混乱していたと思います。
やらなければいけないことは、社員の声をひろっていくこと、リーダー陣が定期的に顔の見えるコミュニケーションをうち、どういう考えを今持っているかを定期的に説明する場をつくることで、会社がやりたいことと、社員の求めていることのズレを埋めていくことが大切だと思います。
意思決定のスピードが遅くなるのは、社員の声、フィードバックサイクルが整っていないということだと思います。我々はテクノロジーの会社なので、いかにデータやテクノロジーを使って分析をした上で、意思決定のアクションしていくことが必要だと思っています。
特に我々のような世界中にたくさんのオフィスと社員がいる。会社としては、このサイクルが非常に大切だと思います。
セールスフォースは、データを持っているだけでなく使えるように可視化していく
Q:お話を聞いてボランティア活動が社内で可視化できるシステムや、リーダー陣のミッションなどに社員がフィードバックできるシステムが重要なファクターになるなと感じました。
ボランティア、ミッション以外で社員一人一人が行った作業などがこんな風にサービスになっている、顧客に対して価値として届いているということが可視化されて、フィードバックする仕組みができれば、大企業の中での個人のやりがいにつながると思いました。このようなシステムが開発されていたり、今後使われる予定はありますか?
データを大量に保有するだけでなく、それを可視化し活用するシステム作りのサポートが重要
鈴木氏:
我々のビジネスは、カスタマーリレーションシップマネージメント(CRM)といって、最終顧客とお客様がどういい関係を作っていくかというのを、システムでサポートしています。そしてその中でかなりいろんな情報が可視化されています。
自分の営業成績や、それが最終的なビジネスの結果にどう影響しているのかを見ることができるサービスは、存在します。
CRMをやっている会社を、人事のお客様は社員 (Employee) なのでERMと表現していますが、社員といかにいい関係を作っていけるかということにつなげていこうという考え方を持っています。データをたくさん持っているだけでなく、それを可視化していくことはビジネス、社員含む会社内でも必要なものだと思っています。
しかし現状そのデータをうまく使いきれていないので、そのシステム作りをサポートしていかなくてはならないと思います。
Q:本日のお話の中で社内の透明性の高さが印象に残っていますが、会社にとってイノベーションを生むことはとても大事だと思いますが、会社内のイノベーションは実はタバコ休憩など社員同士のコミュニケーションの中で生まれているとよく言われます。
他方でフルリモートとなった今、社員間でのコミュニケーションは減っていると思います。その中で、イノベーションを起こすために何か特別に行っていることはありますか?
ポストコロナ時代は、オフィスはコラボレーションとイノベーションを起こす場にシフト
鈴木氏:
イノベーションの起点となるところは、お客様のニーズや企業の外で起こっていることをいかにプロダクト(製品、サービス)にとりに入れていくかだと思います。ですから、定期的にお客様のニーズをきいて、プロダクトに反映する仕組みは整っています。
仰ったように、特にGoogleのような会社では、カフェテリアでの雑談中のインスピレーションがわいてくる、などよくあることだと思います。
ポストコロナの我々の働きかたとして考えているのは、ハイブリッドな働きかたです。この状況で私も1年以上オフィスに行っていないという中で、社員もオフィスに行かないと仕事ができてしまうというのがわかってしまったと思います。
つまり、コロナが明けたからといって、前のような働きかたをするかと考えたら、そうではないと思っています。
これからはハイブリッド型として、オフィスの役割が変わっていくのではないかと考えます。オフィスの中ではお客様への対応やチームでコラボレーションが中心で、インスピレーションやイノベーションが生まれるようなコミュニケーションが行われる場所。家では作業中心になるのかな、と。
テクノロジーでどの程度そのようなものを代替できるのか、企業によって考え方が違います。ITの中でもかなり差があります。
我々はテクノロジーの会社として、常に新しい技術を取り入れてきました。新しいツールを利用して、face to faceで生まれるインスピレーションや相互信頼などを構築できるように、今よりさらに進化していくのではないかと思います。
皆さんとこうやってzoomミーティングをするのも、1〜2年前は考えられませんでした。イノベーションはどんどん起こっていくのではないかと思います。
このような変革に対して、今のところは社員の反応はネガティブではないと感じています。中長期的にはわからないですが。
Q: やはり、今後エンゲージメントの要因の中にその企業のデジタル対応度、リモート対応度、ポストコロナの対応度などが大きく響いてくるのでしょうね。
コロナが収まったからといって、前のような働き方に戻っていく会社と新しく変わっていく会社といろんな会社があると思います。SNSを通して自分の会社のことだけでなく他の会社の働き方を知ることができる今、他の会社の対応をみて、自分の会社へのエンゲージメントも関わってくるかもしれないですよね?
自由度と柔軟性を増しつつ、組織としての一体感とカルチャーを醸成するのが経営・人事の腕の見せ所
鈴木氏:
自由度を増した柔軟性を持った働き方を進めていく、というのはマストだと思いますね。
女性の出産育児、親の介護など社員にできるだけ柔軟性を持って働くことのできる状況を作らなくてはいけないというのは必須だと思います。しかしそれを進めた先では、組織としての一体感、カルチャーがなくなってしまう。そのバランスを保つのが難しいと思いますし、それをやるのが経営、人事の腕の見せ所だと思います。
柔軟性をもっと働き方ができない会社は、社員エンゲージメントの面でも採用の面でも競争優位性は下がっていくのだと思います。
日本の従来的なジェンダー、年功序列の問題の解消にあたり人事制度の改革を進めていくと、「ロスジェネ」が生まれてしまったり、中堅世代からの反発が考えられると思いますが、人事のプロとしてその点はどうお考えでしょうか?
鈴木氏:
何か新しいことをする時、反発があるのは当たり前なことではあると思います。人間は変化を嫌うか好むかというと、どちらかといえば嫌う傾向があるような気がします。
それを乗り越えるために、社員にビジョンやあるべき姿をみせていく、またメリットを感じてもらう。無理矢理、力づくで変わってもらおうとすればもちろん大きな反発はあると思います。
前提として、変化はすごく難しいです。どんな企業でも、どんな変化でも、今までの成功体験が強ければ強いほど、変化は難しくなります。
変化の先にどんないい未来があるか、というのをいかに見せられるかということだと思います。
人事制度の改革に関しては、この30年間でもずっと議論されてきたものですが、あまり変わってこなかったように感じます。ですが、今、本当に変えようとする取り組みが実際に様々な企業であるので、これから期待できるのではないかと思います。
Q: 長時間、本当にありがとうございました。本インタビューは何気に、御社への就職・転職を希望する人のためのものでもあったりします。よって最後にこれを聞かせてください。これまでの話を踏まえて御社に入って活躍する人、ハッピーなひとはどんな人ですか?
セールスフォースへの転職・就職がフィットするのは、上昇志向が強く、コラボレーティブで情報をオープンに出来る
鈴木氏:
前提として、我々の会社は社員の会社に対する満足度信頼度は相当高いものだと、アンケートや多くのサーベイを鑑みても言えると思います。例えば、いろんなプレゼンテーションをする時、「皆さんありがとうございます」というところから始める文化があったり、「自分の持っている情報を出し惜しみなく共有しよう」という風土がある。そういうことができる人がいい人、いいリーダーと捉えられる傾向にあります。情報の透明性も高いので、いろんなものが可視化されています。
また、急成長を遂げている会社なのでやはりいろんなことがスピーディーに変わっていく。そのような変化についていける、いろんな勉強をし続けなければならないというのはあります。そしてその情報をみんなで共有できるひとは向いているかもしれません。
まとめると、上昇志向が高くて情報をオープンにできて、コラボレーションができる人材にとっては凄くいい環境だと思います。
会社の実態を良く知る社員がハッピーでこそ、適切な人材をリクルーティングすることが可能
Q: ありがとうございました。御社のように従業員エンゲージメントの高い会社は、やはり会社の入り口が、そもそも会社のカルチャーへのマッチングの高い入り口になってないといけないですよね?
鈴木氏:
そうですね。我々はリファラル採用を重視していて、新入社員の約半数はリファラル採用、社員の紹介で入ってきている状態です。
社員が、自分のお友達を自分の会社に紹介したいと思えるような環境は、会社内部がしっかりしていて自分がハッピーでないといけないと思います。会社内部の事情を知っている人がある意味リクルーターになっているので、マッチング度は高いと思います。
またバイアスがかからないように面接官が三人がそれぞれ情報共有をしないで面接をして、最後に意思決定をするというような仕組みがあるので、適切な人材を選出を出来ていると思います。
Q: 聴くにつれて、魅力的な会社ですね。人事部長からのリファラル採用ということで、なんなら私も雇ってもらえないでしょうか。(笑)。本日は長時間、貴重なお話、本当にありがとうございました。