「プライベートエクイティ→上場企業社長」というキャリアアップの幻想

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プライベートエクイティファンドからの転職先として、企業経営者に転身する人も数多くいます。しかしながら、上場企業の次期経営者などの美味しそうなポジションを打診されて転職し、幸せな転身を遂げた例を見たことがありません。大抵、他のPEファームの投資先ミッドキャップファームか、スタートアップの資金調達係です。これは、PEは当たり前の会社組織、仕組化されてない会社の当たり前の組織化が得意であるのと、そもそも上場会社の社長を外から引っ張ってくる市場が日本では小さいからです。

プライベートエクイティから上場企業の社長に転職する成功例は、ほぼ皆無という実態

プライドの高いPE出身者ほど、創業しないでいきなり大企業社長を目指したりする。「PEとしてのバイアウトに依存しない事業承継」みたいな感覚で、こういった機会に憧れるPE出身者は少なくない。

優秀で野心あるPEプロフェッショナルたちには、PEの「限界」を素朴に感じる瞬間もやってくる。

外資系証券会社やコンサル時代、毎日朝も夜もなく働いていたとき、疲弊のあげく「あれ、自分ってなにやってるんだっけ?」とふと思う瞬間がある。おなじくPEで下働きをしていても、「自分たちが事業現場のなにをわかっているからって、おこがましく投資先社長に提案してるんだっけ?」と、素朴に焦る瞬間がやってくる。

なお、ここでいう「PEで下働き」には、まだたいしてキャリーももらえてない、なりたてほやほやのジュニア・パートナーも含む。

そんななか、前職の上司で事業会社を興し成功したひと、あるいはファンドとして案件ソーシングをするなか、バイアウトには至らないが仲良くなった事業オーナーたちから、「次期社長にならないか」と打診されることは、しばしばあることだ。筆者自身、経験がある。

そのとき、あなただったらどう決断するだろう。そもそもこのPE→事業会社社長は、栄誉なキャリアステップアップなのか。

筆者はこのパターンで幸せになったひとを見たことがない。理由はただひとつ:いくらオーナーが甘い言葉を囁いても、社長業というのはそう簡単にバトンタッチできるものではない、非常に「手離れの悪い」代物だからである。本コラムで、その構造について掘り下げる。

あなたが現職PEプロフェッショナルだと仮定する。そして、あなたは、仲良くなった事業会社オーナーに、「(うちの会社を)継いでくれないか?」と言われるとしよう。

あなたはこれを千載一遇の機会とよろこび、「ついに自分の人生にも運が回り始めた」と舞い上がり、さっさとPEを辞める。もちろん、PEの連中には、「おれ、あそこの社長やるんだ」とたっぷり自慢し、羨望の眼差しを全身に感じながら辞めてくる。

「上場会社だから、社長就任すると、日経新聞にも載るな」「これで自分の能力を思う存分発揮できる。」「SAR(株価上昇権)も自分に発行して、せいぜい贅沢しよう。」 「海外進出もぜひやりたい」

あなたの気分は高まるばかりだ。すでに、普段と変わらないはずの東京が、違う景色にみえる。

しかし、あなたの幻想はすぐに崩れ去ることになる。次期社長の座をオファーされても、たいていの場合が、PEを辞めさせておいて、「最初は社内の目もあるから、まずは現場も見つつ、うちの社員とも仲良くなっておいて」とオーナーにいわれ、執行役員待遇で入社することになる。運がよくて、非中核子会社社長兼任だ。

問題は、いわゆる次期社長含み待遇なのだが、この「含み」の部分が、いつまでたっても「含」まれたままで、なにも起こらない。

オーナーはオーナーで、社長の座は、いざ手放すとなるとだんだん惜しくなってくる。こういう契機が訪れたからこそ、これまでの血のにじむような苦労に思いを馳せ、懐かしむ。

また、事業環境がすこしでも変わると、創業社長としてあらたなアイデア、そして野心が、必ずといっていいほど生まれてくる。真実かどうかはさておき、孫正義氏がニケシュ・アローラ氏に社長の座を結局譲らなかった対外的理由は、「AIが勃興してまた自分で事業をやりたい欲がでてきたから」である。もちろんアローラ氏は、Googleを辞めてソフトバンクで役割を始動したあとのはなしだ。

また、この期間、執行役員としてのあなたのふるまいをみて、あなたがすっかりオーナーを失望させたり、オーナーとの仲がこじれる場合も、大いにありえる。あなたが尊大にふるまい、オーナーの取り巻き役員や従業員たちが、オーナーに告げ口するだろう。

そもそも金融系以外の事業会社に、「ファンド出身者」はウケが悪い。事業の専門性はないのにプライドが高く、自分は人に好かれると心から信じ込み、あからさまな社内政治をしかけてくる輩というイメージをもっている。

結果、PEを辞め、執行役員待遇で事業会社に入社し、社内できらわれ、オーナーもいつまでたっても社長権限移譲を実行せず、しいてはオーナーとの仲まで険悪になり、あなたは自分の生きる道を、ほかで探すようになる。

「前職PEの同僚や上司には、どう説明したらメンツがつぶれないか」、と、いまだにそんな無駄な心配をしながらである。

PE→事業会社社長は、十中八九が幻想であり、決してPEからのキャリアステップアップ王道たりえない。つまるところ、筆頭株式持分を他人に握られたままでの社長職は、桜の花と同じなのだ。みかけは一見派手でも、雨風ふいたとたんに消え去るものなのだ。(皮肉にも、安易に飛び出してしまったPEがそもそもコントロール投資をする理由はそこにある。)

あなたがもし、PE投資先やソーシング先社長から「後を継いでほしい」といわれたら、「ありがとうございます。でも僕も自分を安売りできない立場です。この『花見シーズン』が終わっても、私が宙ぶらりんで後悔しない確約に近いものはいただけそうでしょうか?」と丁重に、そして茶目っ気も忘れずに、切り返したい。