
プライベートエクイティファンドからの転職先として人気急上昇の、ベンチャー企業幹部職。資金調達に成功した有力ベンチャーにおいて、CFO職への人材需要が非常に高まっています。しかし、プライベートエクイティからベンチャーに移って、無残な失敗をする人も。PE業界からベンチャー企業へ転職する際の注意事項を解説します。
PEを辞め、うまくベンチャー起業家に転身したひとたちに、実は充実したひとが多い。
そもそもの話、ファイナンスができるCFO職は、いまやベンチャー企業のあいだで引っ張りだこ状態だ。ベンチャーの創業は、原則、技術開発からはいるため、とにかくベータ版をだしてユーザー数を増やすのに集中するケースがおおい。足元の資金繰りは、創業者らが見様見真似のエクセル加工で資料作成し、低バリュエーションでの増資と融資とで切り抜ける。
そして、だんだん会社が成長してくると、ファイナンス周りでより高度な専門性が必要とされてきて、外部株主や主幹事証券からも、専門性ある財務管掌役員の招聘を強く求められる。
結果、いまやベンチャー企業へのCFO転職は、完全なる売り手市場になってしまった。リクルーターへ募集要項をだそうにも、「いまは候補者は枯渇状態でおりません。情報がはいりましたらお知らせします」といった具合で、真剣に取り合ってさえくれない始末である。
もっぱら、ベンチャー企業は、リクルーターに依存せず、主幹事証券会社にCFO候補の斡旋をお願いするのが定番だ。しかし、そう簡単によい人材は見つからない。
これは、ベンチャー企業への転身を考えるPE社員にとり、絶好の機会ともいえる。では、いかにして成功裏にベンチャーへの転身を成し遂げられるだろうか。本コラムではここを掘り下げる。
ベンチャー企業への転身といっても、「創業」のケースと「合流」のケースがあるので、それぞれのパターンに分け解説し、筆者の実体験に基づく注意事項を述べることにする。
独立創業するケース
独立し、なにか事業を創業できるアイデアと情熱を見出したPEプロフェッショナルは、わくわくを抑えられない気持ちでPE業界を脱出する。本人が充実とやりがいを感じれる以上、ひとつの栄転といえよう。本気で取り組むからこそ、学びと成長機会も多い。
PE側も、あなたが競合ファンドにいくわけではないので自社の自尊心も傷つかず、裏切られた感もない。「IPOして一財産築いたら、LPになってくれるんだよね?これからもよろしく!」と、気持ちよく送り出してくれる。
独立創業にふみきるまえに、筆者が述べたい注意点は2つだけだ。まず、それが本当に収益のあがるビジネスなのか、時間を惜しまずに極力検証すること。辞表を出すまえに週末作業し、一度プロダクトをリリースしてしまうくらいの気概で、現実世界の反応を、慎重に検証してもらいたい。
PE投資家になれるほどのエリートの才覚をもってしても、創業して「代表取締役」の名刺をひっさげられる魅力にとらわれ、拙速に独立して1年たたないうちに大後悔するパターンを、筆者は数多く知っている。
2つ目の注意点として、「共同創業者」がいないとなりたたない創業は、基本辞めることだ。財務だけが得意なアナログ人間と、テクノロジーは得意だが営業や財務を理解しないデジタル人間が、上下関係ならぬ「左右関係」で創業をすると、多くの場合失敗する。
これは夫婦喧嘩と似た構造で、意見の相違があるたびに、自分自身のスキルと苦労を背景に、自分の主張を通そうと我を張ってしまうからだ。そして結論のだせぬ間ビジネスが滞れば、互いを責め、恨みを持ち始めるのである。
ひとりで創業せよといっているのではない。誰かとやるにしても、自分が無理してでも多くを出資するなりして、上下の指揮系統をもってのぞみたい。100歩ゆずって、信頼のおける幼馴染や大親友と共同創業するにしても、もめた場合のエグジットのしくみは、周囲に相談してしっかり整備しておくのが望ましい。離婚しかり親の相続しかり、パイは大きいほど、あとあともめるものだ。
ベンチャー企業に役員待遇で合流するケース
創業のケースしかり、自分のハートが「これだ!」というなら、既存のベンチャーに飛び込むのももちろんいい。ベンチャーなので給与は大幅に下がるし、仕事量も、コンサルや証券会社時代のそれとはちがった「てんやわんや」が待ち受けているだろう。
しかし、心底価値あるサービスを、尊敬するCEOと一緒に創っている実感をもてるのは幸せなことだ。自分の市場価値をあげる学びや経験、そして人脈もきっと多いはずだ。(余談だが、日本の大企業は、提携や出資などの重要な会議ではメンツの「格」をあわせるのが常識だと思っている。相手がたとえベンチャー企業でも、「社長がでてくれば社長を」といった具合だ。だから、ベンチャーの役員は、PEで「下っ端アソシエイト」をやるより、はるかに事業会社社長や役員らと人脈形成できるケースが多い。)
ベンチャー合流においての注意点はひとつ。あなたがよほど「ものづくり」が好きでない限り、「ハードウェア系ベンチャーはやめておけ」という点につきる。SAAS系ベンチャーと比べて、ハード系は上場しにくいからだ。
もちろん、気前よくストックオプションをオファーされ、社会的意義あり事業理念にも共感でき、PEの限界も感じている今のあなたは、「IPOなんて二の次だ」と思いたい衝動もあるだろう。しかし、生身の世界はそう甘くない。
IPOがない→ハード系は設備投資がかさみ、部品や在庫も抱えこむ→難しい増資ラウンドの連続で財務管掌として極度に疲弊する→ひとたび増資に苦戦すると、コストカットが始まり、社長はイライラしだし、社員は辞め、それもこれも財務管掌の自分のせいだ、みたいな冷ややかな目でみられる→給与は安いのにストックオプションの換金イベントがない→エリート時代贅沢してたのでストレスが溜まる→もう辞めたいが、中途半端に投げ出すCFOの自分に、次のよい職がない、という負のサイクルが始まる。
ハード(系ベンチャー)は文字通り、「ハード(困難)」なのである。
以上のとおり、独立創業するにせよ、既成ベンチャーに合流するにせよ、共同創業者問題や上場困難なベンチャー領域など、いくつか落とし穴はあるので注意したい。
とはいえ、ホリエモンはじめ多くの実業家たちが言うように、人間、「やりたいことがあるひとが一番強い」。やりたいことをやって生計をたてていけるなら、なによりも代えがたい充実感と幸福を手にするひとがおおいのである。